ボランテイアな金曜日
・・・カンボジアにボランテイアという考えは、ありません。
知り合ったばかりの頃の留学生が言った言葉。
・・・困っている人がいたら、助けるのが当然だからですよ。
その言葉を聞いた時、なんて優しい国なんだろうって、思ったっけ。
でも、今その言葉を再び思い返してみる・・
それは、私の考えていた「優しい」っていうのとは、ちょっと違うような気がしています。
多分、それは「施し」っていうことかもしれない。
「施し」は、あくまでも上下関係。
ボランテイアは、助ける側と助けられる側が同じ目線に立つっていうこと・・
あの、スラムの学校の維持のために、声を枯らして募金活動をした時、
100円、200円の利益を生むために、炎天下でフリーマーケットをした時、
彼等は、不思議そうに言いました。
・・なんで、金持ちである筈の日本人が、こんなことをするんですか。
そして数年が経ち、
経済学を専攻し、博士号を取得した彼等の一人が、帰国する際に言った言葉は忘れられません。
・・大学で学んだことよりも、みなさんから学んだことのほうが、はるかに大きかったです。
国に帰ったら、この経験をぜひ生かしていきたいと思っています。
カンボジアでは、何人もの使用人を使う立場でもある彼等。
そんな彼等だからこそ、ぜひボランティアの心を持ち帰って欲しい・・
そして、私たちも彼等を通して、新しい世界の扉を開けてもらった思いでいっぱいです。

IMGP0966.jpg

アンコールワット。
ぞろぞろと行く、観光客。一番が韓国人、二番目が日本人とのこと。
車の排気ガスやあまりに多い観光客で、だいぶ遺跡が崩れてきているとか。
さらに、利益がほとんどカンボジアの庶民には、還元されないといいます。
立派すぎる道路とホテル。周辺の家々とのギャップに驚きます。
IMGP0990.jpg

どこまでもついて来るもの売りの子供たち。
IMGP1010.jpg

カンボジアらしいバイクの風景。
バイクは免許がいらないとか。
IMGP1123.jpg

さようなら、カンボジア。

テーマ:旅の思い出 - ジャンル:旅行

【2007/04/27 10:34 】 | 日記と手作り | コメント(17) | トラックバック(0) | page top↑
最後の晩餐な火曜日
旅の終わりは、日本語ガイドのR 君と。
R君、26歳。
純朴で、まじめで、礼儀正しく、勉強熱心で、この若さで家族を支えているしっかり者。
おまけにジャニーズ系のやさしい風貌・・
我が家の息子の一人に加えたいような若者です。
R君の人柄にほれ込んだカンボジア通の知人が、紹介してくれました。
さらに、我々の知らないうちに、プノンペンにいる元留学生たちやわが街の現役留学生たちが互いに連絡を取り合い、
R君にも
「こんなおばさんたちが行くから、よろしく」ってなことを頼んでいた模様・・
時間通りに現れたR君、いつものガイドの制服ではなく、私服姿。
「今日は、友人として、どこへでもご案内させていただきます」
観光コースではない、いろんな場所に案内してもらい、十分堪能したあと、
「私のお母さんが、ぜひ夕食に招待したいと言っています。」
日本人相手のガイドをしているR君の話を聞いて、家族の方々も日本人にとても好意をもっていてくれるとか。
あまり裕福とは言えないR君のお宅ですが、家族みんなで暖かく、我々を待っていてくれました。
庭の隅のテーブルを囲み、夕陽が照る中、
カンボジアの思い出話やR君の夢に耳を傾け、最後の夜が更けていきました・・
IMGP1118.jpg

果物の木がたくさん生い茂る、R君の家。
IMGP1116.jpg

果物の木の中でも目を引く、ジャックフルーツ。
まだ熟していないので、食べられませんが、熟すととても甘く香りも豊かだとか。
IMGP1117.jpg

R君の家のキッチン。
豚肉とパイナップルの煮込み、鳥のから揚げなどをご馳走になりました。
お母さん、ありがとう。

テーマ:旅の思い出 - ジャンル:旅行

【2007/04/24 15:25 】 | 日記と手作り | コメント(20) | トラックバック(0) | page top↑
クルーズな日曜日
小さな観光ボートで、東南アジア最大の湖トンレサップのクルーズへ。
この広い湖には、船で暮らす水上生活者たちがいます。
ミルクコーヒー色の湖の水で、茶碗を洗い、洗濯している姿が・・
水上マーケットのボートが、これらの家々をまわり、生活に不便はなさそう・・
大きな船の上に建てられた学校もあり、周辺の子供たちや水上に暮らす子供たちが通っています。
皆、身ぎれいななりで、小さなボートを操り通学。
これらの風景がやがて途切れるあたりから、様子は一変・・
向こうから、小さな舟を必死に漕いでくる子供たちの一団が・・
手に手にバナナの房を持ち、私たちが日本人と見ると
「ネエサン、ワンダラー!ネエサン、ワンダラー!」

どう見ても、5〜6歳の子供も。
今にも泣き出しそうな顔で、懇願するように「ネエサン、ワンダラー」を繰り返します。
可哀想だけれど、一人から買う訳にもいかず、かといってどんどん増えてくる子供みんなから買う訳にもいかず・・
聞けば、あの子供たちは、ベトナムから来た難民の孤児とか。
親が亡くなったり、または親に捨てられた子たち。
元締めの大人に面倒を見てもらいながらのバナナ売り。
ノルマがあり、売れなければ折檻されると聞きます。

たとえあの中の誰かが、湖で溺れて死んでも、誰も気にも留めない・・
誰も泣いてくれる人もいない・・
道端の犬や猫のように・・
そんな現実があるのだとか。
可哀想・・そんな甘っちょろい言葉で同情するのは簡単。
20ドル、30ドルのお金をばら撒くのも簡単なこと。
でも本当に同情するんなら、あの子たちの一人でも養子にするような覚悟が必要・・
プノンペンのあのスラムの子供たち。
ちょっと助けているだけで、いい気になっていたけれど・・
もっともっと大事なこと、
もっともっと人を助けるってことの意味、覚悟をほんとは考えなければいけなかったんだな・・
IMGP1094.jpg

日本の援助で作られた水上学校。
二階は、立派な体育館が・・
IMGP1106.jpg

観光ボートをめざしてやってくるバナナ売りの子供たち。
船のへりにしがみついて、ネエサン、ワンダラーと叫びます。
IMGP1109.jpg

水上で生活する人たち。
IMGP1110.jpg

こんな遊園地もあって、ちょっとほっとします。
でもあの物売りの子達には、高嶺の花なんだろうな・・

テーマ:旅の思い出 - ジャンル:旅行

【2007/04/22 10:43 】 | 日記と手作り | コメント(16) | トラックバック(0) | page top↑
トンレサップな金曜日
トンレサップは東南アジア最大の湖。
雨季には、さらに3倍もの大きさに膨れ上がるとか。
訪れたのは乾季の終わりの3月。
それでも、まるで海のような大きさに驚いたのに・・
トンレサップは、豊かな湖。
淡水魚としては、世界有数の漁獲高を誇り、また水の干上がる乾季には、肥沃な水田となる。
三毛作もできる熱帯の気候。
一年中たわわに実る果物・・
周辺の人々の顔は、みな穏やかで、子供たちも笑いが絶えない。
木陰に寝そべっている犬も、他の地域と比べると丸々と肥えていて・・
ネオン街もないけれど、
おしゃれなブテイックもないけれど・・
その日食べる食料があって、自分の身の丈以上のことは望まない。
暑い日中は、ゆっくりハンモックに寝そべって・・
若い頃は、そんな生き方に我慢できなかったけれど
この頃は、こんな暮らしもいいかなって思う・・
IMGP1084.jpg

高床式の民家。
雨季に備え、このあたりはこんな家が多い。
IMGP1085.jpg

青々と伸びる稲。
日本の農業指導が古くから入っています。
IMGP1082.jpg

村の家並み。
トイレのない家も多いようです。
沼で用を足し、それを魚が食べ、その魚を人間が食べ・・
究極のリサイクルですね。
IMGP1075.jpg

高床式のレストラン。
ハンモックが吊るしてあり、揺られながらまどろんでいると、時間が止まってしまって、異次元空間にいるような気がします。
IMGP1080.jpg

魚のフライと鳥のから揚げを注文。
随分時間がかかるなと思ったら、注文を受けてから、魚を釣り上げ、鳥を絞めて、料理をしてくれたようです・・・
しかも、鳥は、頭も足もついてくる・・
IMGP1081.jpg

デザートは甘いパイナップル。
それに唐辛子粉と塩をつけて食べるのが、カンボジア風ってとこかしら。それなりにおいしかったですよ。

テーマ:旅の思い出 - ジャンル:旅行

【2007/04/20 17:45 】 | 日記と手作り | コメント(12) | トラックバック(0) | page top↑
タプロームな月曜日
IMGP1063.jpg

IMGP1054.jpg

写真などでは、何度か目にした事のあるこのタプロームの遺跡。
実際のこの目で見たときの衝撃を、どう言葉に表したらいいでしょう・・
気の遠くなる年月を費やして、いにしえの人々が作り上げた遺跡。
とてつもない速さで成長を続ける、南方特有の巨木、ガジュマル。
種がこぼれ、または小鳥が実を食べ撒き散らした種が、あらゆる隙間から芽を出し、根をはりめぐらし・・
まるで人間の浅知恵など、あざわらうかのように、遺跡を覆い隠し、押しつぶし、締め付ける・・
武力に秀でた王も、富を持つ者も、この自然界の前には、無力に等しいとでも言うように。
きっと数世紀もあとには、人類の存在すら夢か幻のように、この地球上の全てが一切飲み込まれてしまうのではないのか・・
そんな予言をしているような、タプロームの遺跡。
この大自然の摂理の中で、ちっぽけな人間が何を泣いたり笑ったりしているのであろうか。
何を思い煩うのか・・

テーマ:旅の思い出 - ジャンル:旅行

【2007/04/16 14:03 】 | 日記と手作り | コメント(20) | トラックバック(0) | page top↑
シェムリアップへ、な土曜日
思い出多い、懐かしいプノンペンを離れ、いよいよ最終地、シェムリアップへ向かいます。
世界遺産アンコールワットへの玄関口。
プノンペンからは、車で5時間ほど。
バスで行く予定をしていたのに、仕事で忙しいステイ先の元留学生Sさん
に変わって、急遽Sさんの弟が仕事を休んで送ってくれることに。
しかもお父さんとお母さんも同行し、一緒に一泊する事になりました。
ほんとに、どこまでも親切な一家です。
でこぼこ道を想像していたけれど、すっかりきれいに舗装された道がずっと続きます。
日本やオーストラリアの援助で整備されたとか。
子豚を何頭もぶらさげたバイクや20人は乗っているピックアップトラックが、ガンガン飛ばしていきます。
信号がないので、どこまでもノンストップ。
でも、文明の象徴のようなこの道路から、ちょっと目を横に向けると
果てしなく広がる平原、のんびりと寝そべる水牛の群れ、
どこまでも続くココやしや、マンゴーの木立。
点在する藁葺きの高床式の家。木陰のハンモックでのんびり昼ねをする人々。
まるで弥生時代のテーマパークでも見ているような・・
もしかしたらここの人々は、この村を一歩も出ることなく一生を終えるのかもしれません。
都会の華やかさも、世界の動きも知らないままに。
それが気の毒だとか可哀想だとか、そんな言葉では語れない、次元の違った何かがここにはあるようで・・
IMGP0939.jpg

どこまでも続くシェムリアップへの道。
IMGP0949.jpg

分かりにくいですが、白く点在するのが水牛たち。
IMGP0944.jpg

カシューナッツの木。下には実がいっぱい落ちていました。
IMGP0942.jpg

途中で食べた朝ごはん。
今までの高級レストランとは違い、ごきぶりがテーブルを這い、ハエがぶんぶん・・
これでビビッては、東南アジアに来た甲斐がないってもんです。
IMGP0943.jpg

このレストランのトイレ。
ペーパーはこのくず入れに捨て、左に溜まっている水を桶で汲んで流すというシステム。

テーマ:旅の思い出 - ジャンル:旅行

【2007/04/14 10:05 】 | 日記と手作り | コメント(17) | トラックバック(0) | page top↑
マーケットな木曜日
ステイ先のまん前にあるのが、プノンペン最大のセントラルマーケット。
フランス統治時代の大きな円形の建物とその周りにひしめきあうテント。
建物の中は、柱が無く、整然と各売り場が並んでいます。
肉に果物屋、時計屋、宝石屋、洋服屋・・
そしてまわりのテント仕立ての店には、何やら昆虫のから揚げを売っている店や特産のカンボジアシルクのスカーフやバッグを扱っている店、
これも特産の銀製品の店、仏様に備える花屋・・・
アメ横の大規模なのが、一箇所にまとまったというか・・
日本人観光客も大勢訪れると見え、日本語の達者な店員も・・
カンボジアの品物だけでなく、タイやベトナムからもどんどん入ってくるとか。
ものすごい品物の数、そして人の数。
豊かにぐんぐん伸びる途上国の力を感じます。
日本人と見ると、高い値段をふっかけられますから、とステイ先の娘さんがついてきてくれました。
彼女はカンボジア人も舌を巻く、値切り上手。
えっ、いくらなんでもそんなに値切っちゃっていいの?

IMGP0915.jpg

マーケットの全景。
IMGP0908.jpg

肉売り場。
IMGP0917.jpg

なんの昆虫かしら?
IMGP0912.jpg

お花は、仏壇にあげるのが主流らしく、きれいにアレンジされていました。
IMGP0910.jpg

シルク製品がどっさり。
IMGP1125.jpg

IMGP1124.jpg

で、おみやげに買ったシルクのスカーフとバッグたち・・
スカーフは1枚200円くらい、バッグは500円くらい。シルク地に手刺繍。娘さんが値切ってくれたおかげ。

テーマ:旅の思い出 - ジャンル:旅行

【2007/04/12 09:57 】 | 日記と手作り | コメント(12) | トラックバック(0) | page top↑
ツールスレンな火曜日
それは元高等学校でした。
鉄筋コンクリートのコの字型をした、大きな建物。
前庭には、ピンクのプルメリアや、やし、バナナの木がそびえ立ち、
美しく手入れされています。
ここはかつて、ドイツで言えば、アウシュビッツのような収容所でした。
プノンペンに行くことがあれば、必ず寄ってみたいと思っていた場所のひとつ。
部屋には、マットの無い鉄のベッドが1つと、拷問の道具、激しい拷問を受けて血まみれになっている様子を写した、大きく引き伸ばされた写真、そして血痕のしみが・・
そんな部屋がいくつもいくつもいくつも・・
別な棟には、処刑を前にした人々の顔写真、処刑後の写真が何万枚も・・
そして、赤ん坊を木に打ち付けて、殺している兵士の絵も。
死を前にして、怒りを露にした目、あきらめて空ろになった目、恐怖に引きつった目が、こちらに向かって迫ってきます・・
中でも胸を打つのが、赤ん坊を抱いたまま静かに涙を流している若い母親の姿。
これは、遠い昔の過去の出来事ではありません。
私自身、高度経済成長の波の中で青春を謳歌していた、まさにその同じ時の出来事。
友達と楽しくおしゃべりしていたその瞬間にも、こんな事が起きていたのです。
同じ世代のカメラマン、一ノ瀬泰造さんが、また息子と同じ年頃の国際ボランテイア、中田厚仁さんが、それこそ命を削って、カンボジアに入っていたのを知ったのは、ずっと後になってからのこと。
知らないというより、知ろうともしなかった・・
なんて恥ずかしいことだろう・・
カンボジアは今平和になっていますが、世界には、まさに今この時、戦いの日々を送っている人がいるという事実。
子供を亡くした母がいるかもしれない、また母を亡くした子がいるかもしれない。
何の力も、若さも、ひたむきさも無い私だけれど、何かできることってないのだろうか・・
ツールスレンの出口では、地雷で手足や顔の半分を失った人が、どこまでもついてきて物乞いをしています。
現実を直視するのが怖くて、逃げるように車に戻ってしまったけれど。
そんな自分が恥ずかしい・・

IMGP0904.jpg

ツールスレンの建物。
IMGP0902.jpg

こんな歴史がうそのように、美しく薫り高いプルメリアの花が咲き乱れています。
この木の下にも、遺体が埋められたのだろうか・・

テーマ:旅の思い出 - ジャンル:旅行

【2007/04/10 10:15 】 | 日記と手作り | コメント(17) | トラックバック(0) | page top↑
披露宴な日曜日
プノンペンに住む、元留学生の妹さんの結婚式に招かれた我々。
マーケットでおしゃれなサンダルと、シルクのバッグを買い、美容院にも行き、ステイ先のお母さんに頂いたドレスを着て、さあお出かけ。
少し前までは、自宅で行っていたという結婚式。
この頃は、専用の会館もでき、そちらの方が主流になっているとか。
なんでも今回の披露宴には、1000人もの招待客がいるそうです・・
400人位が平均という、プノンペンの結婚式。、この数はこちらでも、かなりな大規模。
入り口には、新郎新婦が出迎え、小さなプレゼントを皆に、手渡しています。
席は決まっている訳ではなく、思い思いに座ります。
我々のテーブルは、日本に留学した経験のある人ばかり。
京都や広島、東京・・それぞれの大学にいたとか・・
皆、流暢な日本語、というより、この頃我々でも聞かないような丁寧な美しい日本語を話します。
同じアジア人の顔つきとあいまって、外国にいるのが信じられないような・・
披露宴は、日本ではお決まりの司会者もなく、祝辞や祝電の披露もなく、プロの歌手がステージで、懐かしい「マイウエイ」や「上を向いて歩こう」などを唄う中、テーブルごとに勝手に盛り上がります。
何回も乾杯をするのがカンボジア流とかで、話題が変わるたびに盛り上がって、かんぱ〜い!
隣りの席のJ君は、興味津々で箸をつけようとする我々に、「生野菜は食べないほうがいいですよ。漬物もやめたほうがいいですよ・・」
とあれこれ、気を配ってくれます。
おもしろいことに、着飾って正装しているのは、どうやら女性陣だけのよう・・
男性は、カジュアルなシャツ姿。
食事の最後は、きくらげのココナッツミルクがけのようなデザート。
食べ終わったら、さあ帰りましょう・・
え?勝手に帰っちゃっていいの?
帰りのドライバーは、ステイ先のSさん。随分アルコールを飲んだようだけれど・・
「あ、大丈夫ですよ。こちらは、酒飲み運転の罰則はありませんから・・」
いや、そういう問題じゃなくて・・
IMGP0928.jpg

披露宴の風景。
IMGP0930.jpg

披露宴のごちそう!
IMGP0934.jpg

新郎新婦。

テーマ:旅の思い出 - ジャンル:旅行

【2007/04/08 09:14 】 | 日記と手作り | コメント(15) | トラックバック(0) | page top↑
結婚式な金曜日
ランチに参加してくれた、元留学生たちの一人からこんな申し出が。
「明日、ボクの妹が結婚式をあげますから、ぜひ来てください」
華僑の彼。
なんでも一日目は中国式に、二日目はカンボジア式にセレモニーを行ない、夜は披露宴だとか。
予定がいっぱい詰まっていた我々は、残念ながらセレモニーは失礼して、披露宴にだけ参加することに・・
かといって、Tシャツしか持って行かなかった我々。
さあ、どうする?やっぱ、まずいよね・・
部屋に戻って思案していると、ステイ先のお母さんが、色とりどりの衣装をいっぱい持ってやってきました。

どれも高価な、バリっと厚地のカンボジアシルクのドレスです。
あれこれ我々の身体と見比べながら、ぴったりなのを選んでくれました。
おまけに、その頭じゃだめよ、と美容院にも行くことに・・
おしゃれな人が多いらしく、美容院はたくさんのお客で、結構な繁盛振り。
お母さんの何やらの一言で、割り込んでやってもらうことに・・
髪をアップに結い上げ、ドレスを着て、カンボジア風のお化粧をほどこすと、なんと鏡の前には、別人のカンボジアレデイが・・
しかもお母さんが、全部美容院の費用を支払ってくれたばかりか、このドレスも記念に、プレゼントしてくれるとか・・
IMGP0935.jpg

美容院から帰ってきたところ。
IMGP1128.jpg

スカートの絣模様が特徴のカンボジアシルクです。

テーマ:旅の思い出 - ジャンル:旅行

【2007/04/06 09:17 】 | 日記と手作り | コメント(12) | トラックバック(0) | page top↑
留学生な水曜日
カンボジアの国内が落ち着いて、日本の国費留学生として、第一期の学生たちが日本にやってきたのは、かれこれ14・5年前。
わが街の大学にも、その中の数人がやってきました。
慣れない寒さ、高い物価、ままならぬ言葉の壁や習慣・・
当時は、同じ東南アジアの学生たちともなじめず、彼等だけで孤立していたものです。
乏しい給付金の中から、食費を切り詰めて、家族に送金する学生も・・
みんながりがりに痩せて、よれよれの格好をしていたものだっけ・・
それが今では、それぞれがそれぞれの分野で国をリードする立場になって。
今回プノンペンに在住する6人が、我々のためにランチを計画してくれました。
政府の要人も利用するという高級レストランに案内され、いっぱいのごちそう・・
中には、美しい奥さんと子供たちを連れてきた人や、仕事を急遽取りやめて駆けつけてくれた人も・・
皆、見違えるように立派になり、堂々とした物腰で、苦学していた頃の思い出を語り、国の将来に思いを馳せ・・
まるで、我が息子たちの成長を見るような気がします。
つい30年程まえのこと、留学を経験した学生達がみな、殺された歴史を持つこの国。
二度とこんな歴史が繰り返されないことを、祈ります。
IMGP0892.jpg

テーマ:旅の思い出 - ジャンル:旅行

【2007/04/04 09:01 】 | 日記と手作り | コメント(16) | トラックバック(0) | page top↑
AFSな日曜日
大きな河を渡った所に、その学校AFSはありました。
AFS=アジアン フューチャー スクールと名付けられたこの学校。
物が溢れ、活気に満ちたプノンペンと、同じ街とは思えない、いわばスラムの街。
赤い土埃が舞う中で、数人の男たちがたむろして、
どう見ても、この街にそぐわない我々に、鋭い視線を送っています。
多くは、出稼ぎ労働者。仕事が終れば、次の土地を目指して流れていく・・
女たちは、にんにくの皮むきをして日銭を稼ぎ、子供たちも重要な労働の担い手。
こんな街では、学校で学ぶって事自体、遊びと同意義。
それでも、せめて字が読めて、簡単な計算もできれば、人身売買の餌食にならずに済むのでは、と始まったこの小さな学校。
2年間の年限で、いつからでも入れ、またいつからでも普通の学校に編入が可能です。
我々が訪れた時は、ちょうど1年生10人程が学習中。


適当に、あり合わせの文房具を持っていっただけの我々に、手を合わせ、深々と礼をする姿になんだか複雑な思いです。
親の仕事にあわせて、流れていく彼等。
毎日が同じメンバーとは限らないこの学校。
支援しているなんて、いいことをしている気でいる我々よりも、もっと生活の厳しさ、人生の現実を知っている彼等に、
単に物を与えているだけの我々が、何を支援しているというのだろうか・・
先ほどの、たむろしていた男たちの鋭い視線が、こんな我々の思いを見透かしているようで、いつまでも胸に突き刺さります・・

IMGP0895.jpg


IMGP0899.jpg

教室の風景。

テーマ:旅の思い出 - ジャンル:旅行

【2007/04/01 10:22 】 | 日記と手作り | コメント(10) | トラックバック(0) | page top↑
| ホーム |